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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(行ツ)24号 判決 1969年1月28日

上告人

小野寺なつよ

代理人

菅原勇

被上告人

夏川沿岸土地改良区

被上告人

小野寺守雄

代理人

吉田政之助

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人菅原勇の上告理由第一点および第二点について。

土地改良法(昭和三九年法律第九四号による改正前のもの、以下単に法と称する。)五一条所定の一時利用地の指定は、土地改良区において、土地改良事業の工事実施上の必要から従前の土地の利用を停止する代わりに、別に土地を定めて、これについて、右工事を完了し、換地計画を決定し、右計画に都道府県知事の認可があり、その旨の公告のあるまでを存続期間とする一時的な使用収益を許容するものにすぎない。その土地指定の基準は換地決定の基準と全く同一であり(法五一条二項、五三条二項参照)、また、その利用関係は従前の土地のそれと同視できるものである(法五一条四項参照)としても、右指定地を将来そのまま換地とするために行なう処分と認めるべき法律上の根拠は存在しない。また、一時利用地の利用関係の終了の時期を前記公告の時としたのは、換地計画が工事完了後の従前の土地の地割り変えである性質上、各土地を通じて同時に一斉に換地効果を生ぜしめる必要があるものとして、法がその発効を前記公告にかからしめていることに基づくものである(法五四条参照)から、換地にあてられる各一時利用地の利用関係も、右公告の時において画一的、同時的に終了するものと解せざるをえない。たとえ換地計画における個々の換地について過誤が存し、正当に換地を交付されない一時利用地の利用者を生じたとしても、その故にその者の一時利用地の利用関係だけが、右公告にかかわらず、終了を免れるものとは解しがたい。従つて、本件における上告人の主張のように、指定を受けた一時利用地について換地が与えられず、右一時利用地が被上告人小野寺守雄に換地として交付されたとしても、上告人が一時利用地に対する権利を喪失したのは、画一的、同時的に行なわれた換地計画実施の結果であつて、被上告人小野寺に対する右換地処分そのものによるものではない。従つて、上告人には右換地処分によつて侵害されるべき権利、利益は存しなかつたのであるから、上告人に右処分の無効確認を訴求する適格を認めなかつた原判決は、正当といわなければならない。

論旨は、上告人にその一時利用地を換地として受ける権利はないとしても、従前の土地と同一標準の土地を換地として受けるべき権利を有する以上、それだけでも、本件換地処分の無効確認を求める利益は認めうべきものであるというが、右処分を無効とすることによつて上告人は当然自己の一時利用地の利用関係を同復することができるものでもなく、また、同地を換地として取得することができることになるものでもないことは、前叙のところから明らかである。

論旨は、さらに、一時利用地の指定のあつた場合には、換地は従前の土地に対してではなく、右一時利用地に対して交付されるものとし、上告人のように、換地計画において誤つて換地を交付されない一時利用地の利用者にとつては、その交付のないかぎり、たとえその一時利用地が他人の換地とされたにしても、一時利用地の利用関係は終了するものでない旨を主張する。しかし、法五三条一項、五四条一項等に徴するも、換地は従前の土地に対して交付されるものであることは疑ないのであるから、土地改良工事によつて従前の土地の所在は不明化し、その存在は失われて、換地は一時利用地に対して交付されるものと解するほかはないとする所論は、換地の法律上の性質に照らし、到底肯認しがたく、また、所論の場合においても、一時利用地の利用関係の終了を免れないことは前叙のとおりである。

論旨は、いずれも採用できない。

同第三点について。

論旨は、上告人の一時利用地を被上告人小野寺守雄の換地とし、上告人には換地を交付せず、その一時利用地の利用関係を失わせる本件換地処分は、一時利用地の指定を故なく取り消しまたは変更するのとひとしく、当然無効と解すべく、従つて、右被上告人の換地には依然上告人の一時利用地としての利用権能が存続し、同地において使用収益する右被上告人に対し妨害の予防、除去、不法占拠による不当利得返還等の請求をなしうべきものと主張する。

しかし、一時利用地の利用関係は、もともと存続期間を法定された一時的のものにすぎず、その終期である換地計画認可の公告の時に終了するのは当然であつて、これを上告人に対する一時利用地の指定の取消処分と同視しうべきものではない。また、すでに一時利用地の利用関係の終了した以上、上告人は前記被上告人に対し所論の権利を有するものでないことはいうまでもない。のみならず、一時利用地の利用権能がその土地の登記の抹消登記手続を求める権利を生ずるものでないことも、原判示のとおりである。論旨は理由がない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。

土地改良法(昭和三九年法律第九四号による改正前のもの、以下単に法という。)五一条一項には、「土地改良区は、土地改良事業の工事が完了する以前において、必要がある場合には、規約の定めるところにより、従前の土地に代るべき一時利用地及びその使用開始の日を指定することができる。」と規定し、同条二項には、「前項の一時利用地は、従前の土地の地目、地積、土性、水利、傾斜、温度等を標準として定めなければならない。」と規定している。そして、右の土地改良事業が完了した場合に定められる換地計画においては、「従前の土地に照応する換地を定めなければならない」ものとし(五三条一項)、右「換地は、従前の土地の地目、地積、土性、水利、傾斜、温度等を標準として定めなければならない」ものとしている(五三条二項)。これらの規定を総合的に理解すれば、一時利用地は、やがて、換地計画における換地に移行することを予定して、一時利用地の指定がされるものと考えられる。もつとも、従前の土地に照応するものとして定められた一時利用地がそのまま換地計画における換地とされるべきことを保障した明文上の根拠は設けられていないが、特段の事情のないかぎり、一時利用地は、将来そのまま換地計画における換地として交付されることが予定されているものと解すべきである。というのは、一時利用地の指定というのは、単に土地改良区が施行する土地改良工事を完了し換地計画を定めて従前の土地に対し換地を交付するまでの間の農地利用の断絶を避けることを目的とするだけでなく、それによつて、なるべく速かに実質上換地を交付したのと同様の土地利用関係を設定し、土地に関する権利者(所有権者のみならず、地上権、永小作権、質権、賃借権等の権利を有する者)の権利関係の安定に資することを目的とするものにほかならないからである。すなわち、一時利用地の指定を受けた者は、従前の土地について、その所有権を留保しつつ、従前の土地についての改良工事の施工の必要上、その使用収益権能だけを一時利用地に移したものであつて、その結果、一時的に、従前の土地と一時利用地との間に、それぞれ、その所有権の所在の場所と、その使用収益権能の行使の場所とが分離する変態的な状態を生ずるが、それは、将来、換地処分によつて、一時利用地において両者を結合させることを予定した過渡的現象にほかならないのである。したがつて、一時利用地の指定があつた以上、換地計画に基づいて換地を決定するにあたつては、特段の事情のないかぎり、原則として、一時利用地をもつて、その被指定者の換地と定めるべきである。そして、もし、すでになされた一時利用地の指定に過誤のあつたことが判明したような場合においては――当該被指定者は、右指定に基づいて、土地改良工事が完了するまで相当の期間にわたり、将来、その一時利用地が換地として交付されることを期待しつつ、その土地の使用収益を継続しているのが通例であるから――その理由を示して、右指定の変更処分を行ない、その処分に不服のある者に対しては不服申立ての機会を与えるべきであり、然る後、その変更後の一時利用地をもつて換地とする手続をとることを要するものと解すべきである。もつとも、法五一条四項によれば、一時利用地の使用収益関係は、換地計画に対する都道府県知事の認可があつた旨の公告があるまでを期限として終了することになつているが、それは、換地処分が発効すれば一時利用地の存続を不要とするからであつて、もし、換地計画における個々の換地につき、その処分の無効原因たる瑕疵が存する場合には、その換地処分は、右公告にかかわらず、無効とされるべきであり、この段階においても、当然、その無効を争う機会が与えられなければならない。

これを本件についてみるに、上告人は、昭和二九年五月四日、その所有する土地七筆に対し、被上告人土地改良区から本件土地等について一時利用地の指定を受け、これを使用収益していたところ、同三四年三月一二日、決定され、同年四月二四日に知事の認可があつた旨の公告がされた換地計画によれば、前記従前の土地七筆のうち二筆に対する換地は全く交付されず、右二筆に対応する一時利用地のうち本件土地は、被上告人小野寺守雄に対する換地として交付されたというのである。してみれば、上告人は、その所有した従前の土地二筆に対応する一時利用地について換地の交付を受ける権利を有するわけであるが、被上告人土地改良区の同小野寺守雄に対する換地交付によつて右権利を害せられたことになるのであるから、行政事件訴訟特例法の施行当時すでに係属中であつた本件においては、上告人は、右換地処分の無効確認を訴求する適格を有するものといわなければならない。また、右被上告人小野寺守雄に対する換地処分が無効であり、かえつて上告人に換地についての権利が認められるべきものとすれば、それを使用収益している被上告人小野寺守雄に対する不当利得返還請求が成り立つ余地がないわけではない。

それにもかかわらず、被上告人土地改良区に対する換地処分無効確認の請求について、上告人の原告適格を否定して本案の審理を拒否し、また、被上告人小野寺守雄に対する不当利得返還請求を理由のないものとして排斥した原判決およびその引用する第一審判決の判断は、到底、肯認することができない。

多数意見は、「上告人が一時利用地に対する権利を喪失したのは、画一的・同時的に行なわれた換地計画の実施の結果であつて、……上告人には右換地処分によつて侵害されるべき権利、利益は存しなかつた……」と断定している。しかし、この判断は、一時利用地の性質および一時利用地と換地計画との関係を誤解し、上告人の一時利用地について有する使用収益権能を無視する換地計画について、何らの救済の途を与えない結果を肯認するものであつて、到底、賛成することができない。上告人の被上告人土地改良区に対する請求については、従前の土地の存否およびこれに照応する一時利用地の範囲並びに従前の土地に照応する換地の如何等の実体について、本案の審理をすべきであり、もし、換地処分に無効原因たる瑕疵があるとすれば、これに関連して被上告人小野寺守雄に対する不当利得返還請求についても、その成否について、一審裁判所をして審理させるのが相当であると考える。かような見地から、私は、多数意見とは異なり、原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻すべきものと考えるのである。

(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄)

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